◆ 自衛隊よ、武士道に入れあげていると破滅するぞ  自衛隊幹部が勇ましく突撃して討ち死にでどうする

自衛隊よ、武士道に入れあげていると破滅するぞ  自衛隊幹部が勇ましく突撃して討ち死にでどうする

JB press】 03/08

部谷 直亮

 一体の亡霊が自衛隊を徘徊している。武士道という亡霊が。

 元々、自衛隊の「武士道」好きは旧軍末期以来の伝統的なものであった。

それが近年になり、武士道ブームが公的なものとなりつつある。

 2000年以降、武士道の重要性を公言する将官が相次いで出現し、各部隊でも「武士道の神髄」云々といった講演が行われるようになった。

そして2016年に制定された陸自の新エンブレムには、抜身の日本刀が交差したデザインが採用された。

 しかし、近代国家の国益と名誉を担う軍隊として、それで良いのだろうか。

 武士道とは、新渡戸稲造が騎士道を焼き直しした「西洋的武士道」、至上の価値を“死”に見出す「葉隠的武士道」、犬畜生と言われても勝つことに意味があるとする「戦国的武士道」等々の幅広い解釈があり、体系的な思想のないバズワードでしかない。

 自衛隊内の言うところの武士道には、「戦国的武士道」の要素はあまり見られない。

実質的には、「勇敢」「規律」「正々堂々」といった合言葉のもとに部隊をまとめていくための拠り所という色彩が強い。

 だが、武士道の過剰な礼賛は旧軍末期の軍事的失敗を繰り返すことにならないだろうか。

実際、政治学者のサミュエル・P・ハンティントンはこの点を痛烈に批判している。

 今回は、自衛隊が武士道をもてはやすことの危うさを考えてみたい。

● 日本の将校は軍人ではなく武人

 ハンティントンは、政軍関係論の古典として名高い『軍人と国家』で日本の将校の特徴を挙げている。

 第1に、日本の将校は近代の職業軍人としての指揮官というよりも、中世の一武士に過ぎないということだ。

それは、まさに武士道の弊害を指摘していることに他ならない。

 ハンティントンは、ある論者の以下のような論評を引用している。

 「日本の将校は素晴らしい人間の指導者である。

彼の弱点は欧州の将校のように戦術の熟練者であることを維持することに失敗していることである。

彼は戦闘を指揮するよりも、自らそれに入っていってしまう。

(中略)日本の将校は、軍人というよりも武人的である。

そして、そこに彼の弱点がある。

(中略)武人に必須の資質は、勇敢さであるのに対して軍人のそれは修練である」

 そして、ハンティントンは次のように指摘する。

日本軍の将校教育では、科学的能力よりも、砲火の下での勇気の重要性が強調される。

これにより兵士と将校の間に緊密な連帯が存在する一方、将校は兵士の持たぬ技術と能力をもっているわけではなかった、と。

 実際、よく知られているように、末期の日本軍は一部を除き、長期持久するよりも勇ましく死ぬこと、もしくは精神的価値に意義を見出した。

そのため、純軍事的な意義の低い作戦(沖縄戦での5月攻勢や大和特攻)を繰り返したのである。

こうした点は、一砲兵将校としてフィリピン戦に参加した、作家の山本七平も「現実を無視した精神性への傾斜」として指摘しているところである。

そして、これらの拠り所として、末期の日本軍が縋ったのが「武士道」であった。

 こうした気風は現在でも自衛隊に残っており、幹部が睡眠不足に陥る原因の1つになっている。

もちろんその弊害を理解している幹部もいるが、武士道的な“勇気”を見せられる指揮官でなければ部下がついてこないとも嘆く幹部もいる。

 しかし、突撃に意義を見出す文化が、宇宙戦争、サイバー戦争も含めた高度な現代戦に適合しているとは言い難いし、過去の戦争でも役に立たなかったことは間違いない。

 例えば、警察予備隊自衛隊の前身)創設時にはこんなエピソードがある。

警察予備隊のある若い中隊長が演習時に、米軍審判から「部隊の3割が喪失したが次の行動はどうするか」と尋ねられた。

すると中隊長は「攻撃を続行する」と回答した。

しばらくして攻撃は失敗し、頭上に砲弾が落下中、「次の行動は?」と米軍審判に尋ねられた。

中隊長はまたもや「戦闘を継続する」と回答した。

今度は熾烈な砲火を受け「敵攻撃機接近中」と米軍審判が伝えたところ「現地点で戦死します」と回答した。

これを目撃した対日軍事顧問団のコワルスキー大佐は「武士道を感じた」と回顧しているが、こうした勇ましいだけの将校が指揮官失格なのは言うまでもない。

 また、こんな話もある。

警察予備隊のある隊員が兵舎で切腹し、「マッカーサー万歳」と自分の血でシーツに書いた。

貧しい家庭に生まれ育った彼は戦後に共産党に入党したが、幻滅して予備隊に入隊したのだった。

米軍将兵の指導に感動し、熱心に訓練に励んだが、自分が理想とする立派な兵隊にはなれなかった。

また、共産党に入党していたことを激しく後悔していた。

彼はそれらの罪を償い、米国と日本、故郷に謝罪するために、武人として切腹する道を選んだのである。

 だが、これが福沢諭吉が言う「権助の死」に等しいことは明白である。

権助は、主人の依頼を受けたたった1両のカネをなくしたために死をもって報いた。

福沢諭吉は、文明を益することのない無意味な死だという点で、忠臣義士の討ち死にも権助の死も同じだとしている。

● アカデミックな議論ができない日本の将校

 ハンティントンが指摘する日本の将校の第2の特徴は、ものの見方や判断が客観的ではなく、きわめて「主観的」だということだ。

この傾向も、武士道を過剰に評価する姿勢と表裏一体と言ってよい。

 ハンティントンは、戦前の日本海軍研究者としては随一の存在であるアレキサンダー・キラルフィの以下のような趣旨の内容を引用している。

 「軍事的観点から見れば、日本人の精神は客観的ではなく、主観的である。

平時において、英米の評論家や学生は、太平洋や地中海の支配権に関して、フランスとイタリアの対立、ドイツとロシアの対立といった、直接関係ない戦争を詳細に論じることが出来る。

しかし、日本人は直接関係ない海洋問題への関心に乏しい。

 西洋の学生が海軍力それ自体に注目して、アカデミックな方向に沿って問題を処理しようとするのに対して、日本の学生は国家政策的なアプローチを排除することが困難である。

彼らはグアム島問題について、彼らの国家にとって除去されねばならない脅威であると述べたり、ほのめかしたりせずに議論ができない」

 これは現代にも通じる指摘だろう。

実際、グアム島尖閣諸島南シナ海に置き換えてみれば、そのまま通じるはずである。

日本では尖閣諸島問題や南シナ海問題について論じるとき、アカデミックにその影響を分析するよりも、往々にしてその領有権や日本への直接的な脅威についての戦術的な議論に終始してしまう。

ひどい場合は、尖閣諸島を米国が防衛するか、しないかにまでレベルが低下する。

 こうした主観的な議論に欧米の専門家や政策担当者が共感することはないし、主観的かつ近視眼的な議論から賢明な戦略が生まれないのは明白である。

● 現代戦に適合した幹部自衛官像とは?

 自衛隊がいまだに武士道を体現しようとしているのは、世界的にみれば異常である。

 例えば「カウボーイ精神の米軍」「ロングボウ自由農民の英国軍」「ユンカー精神のドイツ軍」「重装騎兵精神のポーランド軍」「騎士道精神のフランス軍」「ボヤール精神のロシア軍」などがあり得るだろうか。

まともな近代国家で前時代の倫理規範や価値観を大々的に掲げている国など1つもない。

 むしろ、米軍などは、時代や戦略環境に合わせて理想とする幹部像を変えている。

第2次大戦までのプロの将校とは戦闘のリーダーであり、冷戦期はマネージャーであり、ポスト冷戦期は学者戦士を意味し、そして、今や、「学者戦士」すらイラク・アフガン戦争時代の遺物として次なる理想像が模索されている。

 そうした現状をみれば、幕府陸軍や明治陸軍の先人たちが懸命に相対化した「中世的な武士道」を、現代の戦略環境や戦略文化に適合するかも考えずに称揚することの愚かさは明らかだろう。

 少なくとも明治陸軍が、西郷隆盛率いる「武士団」や清朝軍、帝政ロシア軍に勝利できたのは、武士道精神のおかげではなく、西欧的なプロフェッショナルな軍人組織になろうと努め、その点で上回ったからにほかならない。

 中隊レベルの士気高揚の範囲ならともかく、「武士道」を自衛隊全軍の価値観とすることは無理があり、危険でしかない。

むしろ今やるべきなのは、「現代戦で国益を実現するために必要な自衛隊幹部の理想像とは何か」を国民的に議論していくことである。

      ◇◇◇

部谷 直亮

一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構研究員成蹊大学法学部政治学科卒業、拓殖大学大学院安全保障専攻修士課程(卒業)、拓殖大学大学院安全保障専攻博士課程(単位取得退学)。

財団法人世界政経調査会 国際情勢研究所研究員等を経て現職。

専門は米国政軍関係、同国防政策、日米関係、安全保障全般。

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