◆ 「観光列車大競争」でJR九州が勝ち残る秘策  凄腕デザイナーがデザインを白紙にした理由

◆ 「観光列車大競争」でJR九州が勝ち残る秘策  凄腕デザイナーがデザインを白紙にした理由

東洋経済オンライン】 03/09

大坂 直樹 :東洋経済 記者

 JR九州の観光列車「かわせみ やませみ」が3月4日から熊本―人吉間で運行を開始した。

同社にとっては11本目の観光列車。

豪華寝台列車ななつ星 in 九州」を加えれば、12本目となる。

 列車は2両編成。

JR九州の多くの観光列車と同様、中古車両を改造したものだ。

製造費の総額は2.3億円。

2015年に登場した10番目の観光列車「或る列車」の製造費は5.7億円だったので、半分以下のコストしかかかっていない。

もっとも、「或る列車」は「ななつ星」を上回る豪華絢爛な内装を売り物としており、「組子細工の格子など費用のかかる装飾をたくさん施しているので割高になった」(JR九州)。

2011年に登場した「指宿のたまて箱」の製造費は2億円弱だったので、金額面ではこちらと比較するほうが適しているだろう。

● 乗車して初めてわかる変化

 木をふんだんに用いた内装、窓向きに設置されたカウンター席、軽食や飲み物を提供するビュッフェ。

これらはJR九州の観光列車の多くに共通する特徴だ。

JR九州の車両デザインを一手に引き受ける水戸岡鋭治氏が今回も担当しているので、既視感があるのは当然といえる。

しかし、実はその製造工程において大きな変化があるのだ。

 JR九州は観光列車をD&S列車と呼ぶ。

デザインの「D」とストーリーの「S」。

特別な「デザイン」と地域に基づく「ストーリー」を兼ね備えた列車という意味だ。

 デザインは見ればわかる。

しかし、「地域に基づくストーリー」は見ただけではわからない。

実際に乗車し、沿線の風景を見て、客室乗務員のサービスを受け、地元の名産品を食べたり飲んだりすることでわかってくるものだ。

 これまでも同社の観光列車はこうしたストーリー性を打ち出してきたが、「かわせみ やませみ」はどの観光列車よりも地域とのかかわりが強い。

 2015年12月、JR九州は翌年3月のダイヤ改正において、「九州横断特急」が熊本―人吉間の運転を取りやめ、代わりに新たな観光列車を投入すると発表。

2016年4月13日に列車名を含めた観光列車の概要を公開した。

青柳俊彦社長は

「今までの観光列車は地元とのコラボレーションを言いながらも、なかなかそういうイメージがなかった。 今度の観光列車では地域といっしょに造ったということをアピールしていきたいとお伝えした」

と発表当時の状況を振り返る。

 熊本―人吉間でも「SL人吉」や「いさぶろう・しんぺい」といった観光列車がすでに運行しており、いずれも大人気。

停車駅で地元の女性が名産品を販売するなど、地域との密着ぶりも申し分ない。

それでも、青柳社長にとっては、地域とのコラボが足りないように見えた。

これまでのJR九州の観光列車はJR九州が車両を造ってから、地元と一緒に活用方法を考えてきたという。

今回はさらに踏み込んで、車両製造の企画段階から地元の意向を取り入れていきたいと考えたのだ。

熊本地震でコンセプトを見直し

 新観光列車投入を発表した翌日の14日、熊本地震が発生した。

水戸岡氏は「デザインプランのすべてが変わった」と当時を振り返る。

当初は「軽い感じのスイートでトレンディ」な列車をイメージしていた。

が、地震後に行われた水戸岡氏の最初のプレゼンで、青柳社長は「そうじゃない」とダメ出しした。

「復興のシンボルとなるような列車を目指してほしい」。

 水戸岡氏は当初のデザインや素材選びのすべてを白紙に戻した。

地元に何度も足を運び、地域に住む人の声をきめ細かく「取材」した。

水戸岡氏にとって初めての経験。

「面倒なことが多くデザイナーにとって正解というわけではないが、これからはこうしたやり方もしないといけない」と水戸岡氏は語る。

「自分で創造的な方法を考えるだけでなく、地域の人と一緒に創造的なデザイン活動をしないと本当の地域密着とはいえない。 その意味では自分としてもあらためて車両デザインの勉強になった」。

 2月27日、「かわせみ やませみ」のお披露目式であいさつに立った青柳社長は、「他社が続々と豪華列車を投入する中、足を運んでいただきありがとうございます」と話を切り出した。

鉄道会社の社長が問われもしないうちから他社の話をするのは異例だ。

 今年は豪華列車や観光列車の投入が集中する年。

JR東日本「トランスイート四季島」、JR西日本トワイライトエクスプレス瑞風」、JR四国「四国まんなか千年ものがたり」、東武鉄道「SL大樹」、東京急行電鉄伊豆急行「ザ・ロイヤル・エクスプレス」など、各社が競って豪華列車を投入する。

その中には水戸岡氏をデザイナーに起用した列車もある。

 そんな観光列車ラッシュの中でJR九州の観光列車が埋没する心配はないのか。

他社と比べた場合、JR九州の観光列車の強みとは何か。

そんな質問を青柳社長に投げかけてみたところ、余裕たっぷりの答えが返ってきた。

 「会社発足2年後の1989年に当社初の観光列車『ゆふいんの森』を投入した。

2004年からは九州新幹線開業に合わせ各地に観光列車を走らせ、つねに先進的なトライアルをしてきた。

ここへ来て他社も観光列車を投入し、各社で競い合える段階に入ったのはうれしい。

今後は観光列車の先駆者として、新たな境地にチャレンジしていきたい」

 観光列車の先駆者として歴史を切り開いてきたという自負がJR九州にはある。

気になったのは「新たな境地にチャレンジしていきたい」という発言。

JR九州の観光列車戦略に何らかの方針転換があるのだろうか。

● 地域密着をとことん追求

 青柳社長の発言を水戸岡氏が補足した。

JR九州の強みとは地域が応援してくれること。

思い切ったデザインをすると地域が”面白いね”と言ってくれる。

だからさらに思い切ったデザインをすることができる。この繰り返しです」。

つまり、「新たな境地」というのは、地域とのかかわりを今まで以上に強めて、結果として、さらに思い切った観光列車を造るということなのだ。

 JRや大手私鉄から第三セクターまで全国の鉄道会社が続々と観光列車を導入している。

中には「水戸岡デザイン」をそのまま取り入れた鉄道会社もあり、九州に行かなくても似たような観光列車に乗れるという状況が生まれつつある。

が、JR九州には観光列車戦略の元祖としての意地がある。

より差別化された列車を生み出さなくてはいけない。

その解が、地域とのコラボだった。

 「地域密着」は多くの鉄道会社が唱える耳に心地よいキーワードだ。

しかし、水戸岡氏が語ったように、車両製造の企画段階から地元が関与することは、面倒な作業を伴う。

青柳社長も「当初はもっと簡単に造ることができると思っていた。 地域とは互いに意見をぶつけあった」と振り返る。

 それでもJR九州は、その困難な道をあえて選んだ。

観光列車大競争時代に突入する中、豪華な車両に満足しているだけの会社があるとしたら、地域密着への追求という点で、JR九州の独走ぶりが際立つ結果になるのかもしれない。

      ◇◇◇

大坂 直樹 (おおさか なおき)

東洋経済 記者

生命保険会社勤務を経て2000年に東洋経済新報社入社。

産業担当記者として小売り、自動車、化学など幅広い業界を取材。

現在は鉄道、映画・アニメ系の記事を積極的に執筆。

恒例の『週刊東洋経済』臨時増刊号「鉄道特集」では毎年企画・編集も担当。

日本証券アナリスト協会検定会員

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