五十なんで天命でも知ろうかね

いちおう而立も不惑もちゃんとやったつもりなんで今年はやっぱ転機かなと思ってます。

バングラデシュの野外公演は結局、町の学校の先生のうちの屋上で夜やりました。27年越しの長期計画だったんですが、まあなんと言いましても、普段通りの呑気な平原演劇祭のスタイルそのまんまでやれるんや意外にも!ていうことが最大の収穫だったかな。バガラットという町は低湿地ではあるんだけど国内の位置づけとしては「飛鳥」みたいなところで、かつて重要な文明があったひなびた田舎です。レストラン探すのも一苦労って感じ。宿は260円でした。「川」は2003年ツアー時のではなく、あっちで英孟日チャンポンの新作を書いて上演しました。

動画です→https://www.youtube.com/watch?v=F4sQkQwjI4U

一方3月にはもうひと公演、是政のカフェのがありました。こちらは「詩とは何か」の6回目と、ここのところ集中して書いてた小河川ものの集大成「孤立が丘」で是政自体を舞台にした半野外劇をやりました。で、まあ、JKでやる、ぐにゃぐにゃの体で風景や観客の呼吸を反映する、あと暗渠から土地の過去の記憶を呼び起こす、そしてそれらのきっかけはざっくり津波だった、というようなスタイルも、だいたいやり尽くしたかなあ、と思ってます。数えてみたら2011年3月の「遭難した船長の遺言」から数えて21本目の新作ですよ。6年で21本(外部作の上演はその倍)ですから、まあ、もう大概やりきったろうと思いもするし、水没祭以上のことするためにはいっぺんどこかでハッキリ線引きしなきゃな、とも考えてました。「ヒゲカビは星を見る」「やっぱた考」「椋鳥の巣の下を」の3本は未上演ですが、優先的にこだわるべきはそこでもないでしょう。目前の課題は山積みです。それと上海・カルカッタバングラデシュの今を見て長年の懸案だったリアルタイムアジアへのアップデートも出来たところでもあるし。

好評だった是政のまとめ→https://togetter.com/li/1092500

そういうわけで、天命なんすけど、もうちょっと活動の枠取りを大きく構え直そうかなと思います。とりあえず公民館借りる時の名義としてしか残ってなかったみやしろ演劇パーティの名は、もう使わんことに。細かいようですが宮代町の役者もういないからね。なにか新名義が要るんですがmission-Bという名にしときました。これはバングラデシュとインド絡みでこれから立ち上げようとしてるふたつの計画の仮称です、次回ツアーもありますよということで詳細は追い追い。

あと、時限ですが劇団化しようと思ってます。3年間位を目安に。早ければ9月の古民家公演でお披露目します。ウンという役者が2名以上いれば実現します(たぶん)。なにがこれまでと変わるのか…というと、たぶん、俳優に対する責任感がいっかいこっきりのものにならなくなるので当て書き・当て上演が増えるため、上演時の場の集中のあり方が変わってくるだろうと思いますね。よりはっきり個人が見えてきても平原演劇祭の風景上位な感じが損なわれないように演出できたら、特殊例ではなく一般例としてお見せできるんではないかなとか。いっかいこっきりのサバサバした関係が良かったんだよ、と思われる向きもおありかとは思いますが、ほとんどの出演者との関係はこれまで通り続きますのでご心配なく。

あとは半野外かなあ。こないだお客さんが「散策演劇」ていう名前つけてましたが、これちょっと可能性あるんじゃないかと思って、9月公演も古民家から外へ遊びに出るのって上演形態として可能かどうか、いま町教委と相談しつつあるところです。僕ね、フラッシュモブというものにすごく危惧を抱いておりまして、その発展形でいま盛んに展開してるスイッチ総研とか大丈夫なんかアレとドキドキして見てます。いやね、ハチ公前で始まったパフォーマンスがたとえば渋谷川を主題としたプログラムに収束していく、みたいな土着的な仕立てのものってないじゃないですか。世界を見渡せば誰かやってそうなもんだけど、少なくとも日本の芸ではまだ見られない。敢えて言えば在特会とかのレイシズムデモに対してふざけんなお前らがうちに帰れと「町の人が町の立場で」対抗する、みたいなことがビビッドな風景として2013年から立ち上がってるわけなんですが、あれは芸じゃないし(僕が芸として関わってきただけ)、小劇場は主題の政治的な部分を劇場に呼び込むことはしたものの「その町で」再現・定着させようとは考えてない。なんでよ?と思うわけです。

「散策演劇」と言った人は、ありがたいことにひじょうに高く評価してくださいながら、かつその評価の根拠のひとつとして「土地の記憶をその土地に行って説明してしまう身も蓋もなさ」みたいなことを仰ってます。たしかにそれは演劇ではないかも。でもそんなら演劇でなくてもいいんじゃね?ていう気はします。大きくまとめれば僕らがやってることは演劇以外のくくりでは説明できません。それなのにどうしても演劇と呼びがたいものでできている。中原中也賞の詩人がラジカセから流れてくるパーカッションに乗って自作の「小岩井農場」を読みながら舗道や公演を歩いてお客がぞろぞろ着いて行く、後ろの方の人は聞こえないだろうから普通の散策である、これは普通の意味では演劇の要素ではないし、僕も演出の立場からあそこは演劇としてやってませんでした(30分以上あったけど!w)。どちらかというと、是政と小岩井農場を同じ空間で音声化できるか、というような発想は「詩」なんですよね。僕は(谷川雁氏の受け売りですが)出会わないはずのものが出会う可能性にそそられることを詩情と呼ぶんだと思いますので。「詩とは何か」で書いた通りです。

宮代町旧加藤家住宅での上演は今年でたぶん14年目になるのかな。みなさん、本館の展示も、隣の斉藤家住宅もご覧になったことないでしょ?「ない」という時点で、これまでの上演には明らかな不備があったんですよなあ。たとえば歩いて10分のところにある日本一安いバッティングセンターは「村の宝」「烏江」「火取蟲」の島村盛助氏の子孫の島村さんが経営してますよ。歩いて25分のところにある姫宮神社は町の鎮守でここを題材にした「紅葉野」は過去4団体による変奏曲で重ね重ね加藤家で上演してますよ。郷土資料館裏手にあった町営温泉は経営不振で閉鎖になっていまただの誰もいない公演地ですよ。そういうフィールドに「出ない」にはかえって理由づけが要るレベル。けっこうな電車賃と時間かけて何年も宮代に来てもらってるのに加藤家しかお見せできてないままで人生終えるのかよという問題もありますし。歩くぞ。9/23は僕の予想だと小雨なんですが、それでも歩くぞ。朝10時開演午後6時終演のつもりです。長いです。

あ、告知には順番があるか。5/7(日)正午から、目黒区駒場住区センター(井の頭線駒場東大前から徒歩5分くらい)にて、演劇前夜音読会、堀江敏幸作「めぐらし屋」を開催します。地味な30代の独身女性が「これからどうしようかなあ」と思ってるおハナシを、同世代の4人の女優が読みます。だいたい5時間かかります。本番メシはきしめんです。出演者発表はもうちょっとお待ちを。

えーと、天命のハナシになったかな?