リヒテルのある種のピアノ

演奏で聴こえてくる音楽の音というのは何だろう。

そんな、通常はあたりまえではないかとしか思われていないことを書いたのは、このところリヒテルの演奏をしばしば聴くことが多く、そのなかでそのことが心に留まったからだ。

このところよく聴く演奏は、下記の3枚だ。

リヒテル幻の日本リサイタル 83年録音

リヒテル伝説のソフィアリサイタル 58年録音

リヒテル バッハリサイタル 91年録音

これらはすべてライブ録音である。

プログラムは、83年のものがハイドンソナタ2曲に、ドビュッシー前奏曲集から『西風の見たもの』など10曲、2枚目のものは恐らく初の国外演奏で『展覧会の絵』ほか、最後のものは91年録音で没が97年だから相当晩年のものだ。フランス組曲中心。

この3枚の演奏とも、恐ろしく心をえぐる。

それはなぜだろう。

私はリヒテルの70年の初来日の際、学生の私は、あのオンボロの日比谷公会堂での演奏会のチケットを入手するために日比谷公園に寝袋持参で徹夜した。この日比谷公会堂には、若かった母や父が新響(のちのN響)を聴きにいったといっていたので、当時でもすでに古色蒼然だったわけだ。

リヒテルの演奏会はプログラム不詳だった。当日の演奏家の気分と考えで決められるので、あらかじめご了承くださいわれていた。当夜、胸をドキドキさせながら期待して待ったわれわれの前で弾きはじめられたのは、『展覧会の絵』だった。当時私はこんな曲はキワモノとしか思っていず、何だ、こんなもの弾きやがって!と腹を立てた。ベートーヴェンシューマンを来た愛していたのだ。

だから、折角リヒテルの初来日で、その生だったのに、音の印象など何もない。

超一流演奏家のそういうものをはじめて理解したのは、92年のミケランジェリの演奏会。これがかれの最後の来日になった。ショパンソナタを2曲だけというこの日の演奏から私は、まあ通常のショパンがそうである小曲でなくソナタだったということもあるが、荘厳な構築性を印象付けられた。このピアニストがあのルネサンス建築を生んだ国の末裔なのだと、強く印象された。

では、冒頭に書いたこのところのリヒテルを聴く経験から、私は何を感じるか。

それは、一口にいって、かれの「人生観」だ。あるいはさらいえば、「死生観」ともいうべきものだ。

じつは私は、昔から、文学を筆頭に、美術、音楽、舞踊、演劇、映画、建築などの芸術に接するとき、もっとも意識してそれを感じ取ろうとして集中しているのはそのことなのだ。世間でそういうことをする人がそう多くはないことは私とて知っている。だから大学で同じ関心事を持つ男と遭遇したときは、驚いた。

リヒテルの上記のような演奏からは、そういうものが聴こえてくる。私はそれに打たれる。

それは、例えば外の史伝や荷風の日記、檀一雄の初期作品や石川淳の晩年の諸作品などの文体から感じるものと、正確に似ている。『闘う白鳥』という自伝を持つソ連バレリーナマイヤ・プリセツカヤの舞踊にも感じる。ある覚悟や強い思いを秘めて表現というものに向かう人間たちに、だからそれは共通しているものなのではないだろうか。