【掌編小説】梅おにぎりの店員。

 昔から僕は、梅のおにぎりが好きだった。塩気の効いたごはんに、仄かな酸味を持った梅という組みあわせが、実に食欲をそそる。それだけで十分だと思わせてくれるくらいには、僕は梅のおにぎりが好物といえたのだ。

 梅のおにぎりというと、世間一般では塩むすびの次くらいにありきたりで味気のないおにぎりと認識されているのかもしれない。それでも僕は、そんなことはないと、声を大にしていいたかった。コンビニで売っているおにぎりの中では格安だし、そしてなにより、シンプルで飾り気のないおいしさが魅力だ。

 ただ、このことを他のひとに話して共感を得られたことは、片手で数えられるくらいしかなかったように思う。やはり世間一般のひとびとは、もっと凝った具のおにぎりを好む傾向があるようだ。梅干しというと、いかにも素朴なごはんのつけあわせという認識のひとも、いまだに少なくはないだろうから。

 梅やおかかや昆布みたいに、飾らない具の方が、僕は好きなのだ。その中でも群を抜いて飾り気のない、梅のおにぎりがまたいい。

 大学に上がって、ひとり暮らしを始めてから、コンビニに行く機会自体がめっきりと減ってしまった(やはり食費の問題が大きい)けれども、僕はたまに梅のおにぎりを求めてコンビニに足を運ぶことはあった。自分で梅干しを買っておにぎりを作れるほどに僕は器用ではないし、そもそも梅干しが大量にあった所で、ごはんにあわせる以外の用途が見当たらず、残してしまった末に腐らせてしまうのも難だったので、梅のおにぎりだけ、たまにではあったけれども、買いに向かうのだ。

 退屈な教養の講義が終わった所で、僕は席を立ち、購買ではなく、大学の近所にある、小さなコンビニへと足を運んでいた。購買に行くことも考えたが、購買はいつも混雑しているし、それよりはコンビニでいろいろなものを見てきた方が、有意義に思えたからだ。

 梅のおにぎりだけを買いにコンビニへでかける大学生というのも、絵面としては色気もなにもあったものではないと思ったが、特に気にしないで、僕はコンビニの扉をくぐる。

「いらっしゃいませぇー、こんにちわぁー」

 舌足らずな女の子の店員の声が響き渡る。歳のころは僕と同年代くらいに映るけれど、彼女は大学には通わず、コンビニの店員という形で、大学生たちの生活を支えている。大学に行けなかった理由でもあるのだろうか。

 僕は少しだけ雑誌のコーナーを見たのち、すぐにおにぎりのコーナーへと向かった。

 やはり飾り気がないということで人気がないのだろうか、幸いにも梅のおにぎりはまだたくさん残っていた。朝イチの講義に遅刻しそうだったために、きょうは朝ごはんを食べていない。いつもより多め、梅のおにぎりだけを四個手に取って、そのままレジに行く。

 会計を担当してくれるのは、例の女の子の店員だった。まだ機械の扱いに慣れていないのか、僕が提示したコンビニのポイントカードをスキャンするのに、少し時間がかかる。そのあとで本題のおにぎりの会計に入るのだが、これまた手つきがまだぎこちなかった。

「えーとぅ……百十円が一点、二点、三点、四点で、お会計は四百四十円になりますぅ」

 ほわほわした癒し系の声が、僕の耳を軽く通り抜けてゆく。僕はその声に少しぼーっとしながら、財布から五百円を取りだして、カウンターの会計皿に置いた。女の子はやはりぎこちない手つきでレジを操作してから、お釣りを取りだそうとした。しかし、五十円と十円が一枚ずつだというのに、五十円を取り損ねて、リノリウムの床に落としてしまう。僕は見兼ねて、それを拾って返してあげた。

「申し訳ございません……ありがとうございますぅ。六十円のお返しになりますぅ。お買い上げいただきありがとうございましたぁ」

 丁寧なのにどこかふわふわした、女の子の口調に、僕は好感を覚えていた。この娘はおそらく、素がこんな感じなのだ。まるで梅のおにぎりと同じように、飾らないでいるうちに、こんな口調になってしまったのだろう。

 僕の胸が、少しだけ高鳴った気がした。

「あの……きみ、名前はなんていうのかな」

 気がついた時には、僕は女の子に名前を訊ねていた。すると、女の子は応えてくれた。

「わたしですかぁ? 梅沢のどかですよぅ」

 のどか……まさに、女の子にぴったりな名前だと思った。穏やかで、癒し系で、まさにのどかな雰囲気をまとっているようだった。

「わたし、大学に入れるほど頭がよくなくて……だから、店員をしているんですよぅ」

 春の陽溜まりみたいな笑顔に、胸がきゅんとしたようだった。この女の子は、自分の頭が悪いことも知った上で、健気にがんばっている。僕は女の子に、優しく声をかけた。

「店員っていうのも、大変な仕事だろうけれど……応援するよ。これからもがんばって」

 女の子がはにかんだ。僕は嬉しくなる。

 まるで梅の花みたいで、ほっこりした。